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32歳 2016年5月30日 東京から福岡へ

2016年7月 モデル事務所に入る

33歳 2017年2月 倒れる

2017年6月 まだこの時は立つことも座ることもつらい

2018年9月 沢山の仕事に就く

2019年2月 修行を真剣に開始

36歳 2019年10月末 修行終了

36歳 2020年2月「momoco-happiness」サロンOPEN

32歳 2016年5月30日 東京から福岡へ

 

私は大学から東京に住み、32歳まで住みつづけていた。

東京都から福岡県に移住をした時、実は結婚をしようと思っていた。(まあ。すさまじいお話しは小説に時に書こうと思う)

 

今から4年前

私はエステサロンを辞めて、少しだけ独立をしていた時期がある。目ははっきりと見えてなくても一応、私は売り上げを上げていて、評価も大手サロンで接客は全店舗でナンバー1を取っていたりした。当時は新規のお客様の対応をしていたので成績は良かった方だと思います。

エステサロンをオープンした友人に細かい技術や接客方法を教えていたり、知り合いがエステの施術ができない時のみ対応をしていたりとこの時はだいぶ目が見えていなかったので、眼科と仕事を行き来していました。

 

 

「倒れた時」を書くその前に、少し、目が改善した情報を記載しておこうとおもいます。

 

18歳から探し始めて、29歳の時にやっと少し見える治療に出逢った。ちいさな医院だったが手術もするような先生で親身になってくれた。しかし、他の先生と同じく「治るか分からない」「むずかしい」と言われたが、1つ違ったのが「やってみましょう!」「これを今度は試してみましょう」と前向きだったこと。

 

 

そして、その眼科は他ではしない治療をしていた。

こめかみに身体に使う低周波の機械をつけて、電流を流してほぐす事、と肩と頭と腕をマッサージしてくれる施術者がいる事でした。

はじめの半年間は2日に1回、片道1時間、電車で通っていました。

エステサロンで働きながらも通い、32歳まで仕事と眼科を行き来していました。身体の痛みがない時は少し期間をあけて通う時もありましたが、エステサロンを辞めなくては行けなくなったのも目が全く見えなくなったためだったので、辞めた後もまた頻繁に通うようになりました。

 

 

目が見えると言っても、今の私のように普通に見えているわけではなく、当時はこんな感じで全身の痛みは、もちろんとても酷かったですね。

 

〈通常見えていた私の視界〉

〈調子が良かった時の見え方〉

 

エステサロンを辞めて半年間、しっかり眼科に通い、目が見えるようになってきたところで、福岡県に移住をするお話しが出ます。

「もう東京で私の身体を治してくれるところは無い。全部行った。試し終わった。」と福岡県に移住をします。1回も福岡県に行ったことが無く、島国で関東からとても離れているという印象だったので、息が出来るのかな?と最初は思っていましたが()

人も穏やかで、とっても住みやすく、空気が軽いのが特徴で、すぐに福岡がとても好きになりました。老後までここの住みたいと思いました。

 

 

結婚をしようと思って福岡に移住をしたので、もちろん2人で来ています。

 

 

福岡で派遣のお仕事から無理せずやろうと思い、短時間のホテルのコンパニオンを始めます。主に黒のロングドレスを着て有名なホテルのお食事接客です。

お給料もなかなか良かったのですが、緊張感たっぷりの接客だったので、どっと疲れてしまって他が出来ないと、違う派遣にも登録しにいきます。その時に行ったところが、たまたまモデル事務所だったので「やろう」と言われて、またモデルをし始めます。

 

 

まあ半年もしないでぶっ倒れることになるのですが。

 

 

福岡に来てから結婚前提の方に言葉の暴力を受け始める事になります。体罰は無かったですが、物は投げられましたね。自分も物は投げ返しましたが、私は言葉の暴力は今までしたことがなかったですし、理不尽すぎてどうにもなりませんでしたね。

 

 

受けすぎて、たまりに溜まったのでしょう。

ある日のお昼過ぎ、私は机から倒れます。

 

 

全身に激痛が走り、腰から下が全く動かなくなりました。本当に少しも動かなくなるものですね。上半身は手が若干動く程度で、ヒジは動かない状態でした。

この時ひとりで家におり、パートナー(結婚前提の方)は博多でお仕事。まだ帰ってきません。ケータイも少し先にあるのに届きません。

右側を下にして横に倒れたまま、冷や汗と身体が汗ばむ感じとよく分からない状態で、少し経つとトイレに行きたくなります。

パートナーが帰ってきたのは19時ごろ。

・・・

 

 

なぜか今も鮮明に覚えていますが

帰ってきたパートナーは驚いたり、心配する様子は無く、安心したかのようにも思える様子だったのが

今、振り返ると本当にぞっとする光景で

パートナーはエゴが本当に強くて、自分が本当に1番な人でした。

倒れた原因も精神的だと分かっていたので、「別れて下さい。出て行ってください。」とこんな状態でも言っていましたね。それでも「改善するから、もう少し様子を・・」

 

 

おむつやご飯などは購入してきてもらえ食べさせてくれました。はじめは首を横にすることも激痛が走り出来ませんでした。私は14歳くらいから痛みが全身にあったので、痛みにはとても強くなれたものでしたが、この時の痛みは本当に尋常ではない痛みで、息が出来ないのです。

何度、救急車を呼ぼうかとケータイをにぎったかわかりませんが、この10数年間の経験で、大きな病院には死んでも行きたくありませんでした。

病院を転々としている方は分かりますよね、原因や悪い場所の検査結果が出ない人は絶対に治してくれないです。

3週間激痛にたえ、やっと横になるくらいは、ほんの少し身体が動くようになり、近くで腕のいい医者を探します。

 

歩いて10分もしない所にあるではないですか!!「ほねつぎ」という場所でした。早速予約をしてもらいます。やっとやっと歩ける身体で1人でケータイの地図を見て、小さな施術所に行きました。

その時も思っていましたが、これも考えられないですよね?なぜ一人?。。。

 

 

人間という私がスクールで使う言葉ですが、人間の行動はまったく分かりません。パートナーは午前休みなどは普通に取れるお仕事でしたし、彼が予約をしたのに。。。

 

 

そして、やっと「ほねつぎ」に付きます。

診てもらいます。「うちでは見たことないくらい酷い状態」と院長。

60歳くらいの受付の方にも「私も相当ひどかったけど、あなたは本当にひどいわね。ずっとここの受付をしているけど、こんなにひどい人は見たことがない。」

 

ハーーーーー。

心底疲れてしまっていましたが、1回でほんの少しでも改善したので【敏感過敏な人は必ず1回でよくなるのかならないのか分かるはずです】ここに通うときめ、言われるように真面目に通いました。私はお金がなかったのですが、お父さんの遺産をいただきまして(感謝)、保険がきかない「ほねつぎ」でしたが、自分のお金を使い通うことが出来ました。

 

 

2、3ヵ月通うとこれ「メタトロン」を受けてほしいと言われ受けます。

改善が遅いと判断した院長のようで機械導入ですね。

この機械は自分の身体の事や思考が分かるようです。例えば、野菜だとトウモロコシが一番身体に足りていません。や豚肉は絶対に食べない方が良い身体です。など

 

ここで性格も出ていましたが、なぜか「怒りと苛立ち」という性格が出たのです。

少し後で分かりましたが、エンパスの事を知り、パートナーの性格をもらっていたようです。

私は元々、ゆるく穏やかな性格で楽しく笑っているだけの人だったので「これはあっているのか?」と性格だけは疑問に。

 

 

 

まあ。その「ほねつぎ」で言われることは衝撃的で

「姿勢を正して座っては行けません。足首をクロスをして足を開いて座って下さい」「おしりの片方にタオルを敷いて骨盤はずらして座って下さい」「牛乳はダメ」「お肉(牛肉かラム)を沢山食べなさい」「塩は山ほど取って」「ご飯は一切食べなくていい」「野菜は取りすぎです。食べなくてもいい」「ワインと日本酒ならいいかな?ビールは海外のものをのんで」など

 

今までの私の常識とはすべてが真反対の事でした。

本当に衝撃的でしたね。。

 

私はすべて必死に実行しました。お肉は好きじゃないけど、吐きそうになりながら、毎日牛肉のステーキを食べ(ラムは試したけど、毎日は食べれませんでした)、塩は取ると病気になると言われてきたから、本当に嫌でしたが大量にお水に溶かして飲んだり、食事で大量に取ったりして、お米は一切食べなくなりました。

 

 

1枚大きな牛肉ステーキと塩(海水のみ)、キャベツの千切り、わかめスープ、ぶどうやパイナップルなどの果物

1ヵ月、毎日取ると自分から熱量があるようになり少し動けるように、肌もカサカサが少し治る。

出歩くときはお塩は必ず持ち歩き、少しでも疲れを感じると袋から出してドコでもなめていました。

 

 

2ヵ月3ヵ月たち・・・

みるみる身体が元気になったのです!ビックリしました!こんなにも違うのかと。

自分の身体から沢山の熱量を感じ、気持ちで元気なのではなくて、身体が元気なのです。こんなこと本当に今までありませんでした。身体のエネルギーがみなぎるという感じです。

いままで、気持ちが元気なら大丈夫と人間に言われてきましたが、そんなことは無く、体が元気ではないとダメですよね当然。でも知らなかったのです。私の実家は米農家で、お肉は一切取らない家族でした。

 

 

 

お肉がこんなにも体の栄養になることを。。

本当に愕然としました。米って私の身体には必要ない・・と。

 

 

どんだけ栄養がない食事をこの34年間(当時は34歳)して来たのかと・・・

こんなに食べ物で体の動きやエネルギーが変わるのかと心底思いました。そう思うと、身体はたしかに食べるもので出来ていて、自分で作っている体なんだな~と。今までの食生活を激反省をし、なぜ今まで教えてくれないのかとも思い、症状や痛みに親身にならない沢山の病院て、本当に意味のない所だと痛感しましたね。

 

20年以上、毎日通ったお医者は誰も言っくれませんでした!!だれひとり。

 

私は薬も効きませんでしたから、本当に激痛に耐えてきましたが、今は必要のない薬をたくさん摂取しなくて本当によかったそれでよかったんだと本当に思います。

 

みなさんも思っている方は多いと思いますが、医者もメディアも嘘ばかりです。

医者は病名をつけて薬を出す係

メディアは売りたい(お金のため)のもだけを「良い!と宣伝する係」

私はモデルや女優もしていましたから少し裏の事も分かります。これ良い商品!と言っている人は全てお金を頂いているです。

お金をもらって生活をしている「ただの宣伝をする人」です。全部。すべて。

何度も取り直し。。塗りたくり。。写真だって1枚撮るのに何時間かかるか。。

私は、医者やメディアでは正しいことを言われたことはありませんし、治ったためしがありません。

私が特殊だからなのではありませんよ。自分で体感して感じて下さい。全てはフェイクです。

 

 

 

話にもどります。

その「ほねつぎ」に通っている間、たまたま院長に「~を感じる?~が見える?」私「感じます。見えます。」

何を言われたかは忘れてしまいましたが、私が今まで普通だと思ってきたことでした。能力のお話しでしたね。

 

 

「それは普通ではないね。とても特殊。」と言われたのです。

 

 

その後も毎週通っていたので「~は見えますか?」など、今度は今私が見えている事を質問しました。すると笑いながら「それは普通ではないね。本当に特殊な事。」と返ってくるのです。

びっくりしました。

オーラも何もかも、今私が見えている事がみんなには見えていなかったのですから。。

私は生まれた時から見えて感じてきたことだったので、34年間、疑問にも思わなかった。

 

 

 

言われたその日まで。

私はインターネットで能力の事や感じる事を検索をしまくります。あまり見えていない目でしたが、毎日必死になって探し情報を得ようとしました。

1年半ぐらいは信じられなさ過ぎて、本当に普通の人(周りの人)は見えないのかを試したり、聞いて回りましたね。

試し回った結果。本当にみんなには能力がありませんでした。見えない聞こえない感じない。。。

 

 

 

えー!ひとつも?!

 

エンパスが人一倍強い私は目の前の人という人に同調同化をして、自分の見えている事や感じている事は言ったことが無かったようです。エンパスという能力を知り、考えるようなり、2018年12月(34歳)にやっとこのことに初めて気が付くのです。

 

そして、その時のパートナーとはどうなったかというと、「出てって」と言いつづけて喧嘩をしながら1年半が経ち、やっとやっと出て行ってくれます。

居なくなると今まで居た威圧感が大きすぎて「何か無くなってしまった。さみしいな。」となるのですが。

身体は正直で、離れてからすぐに、さらにメキメキと調子が良くなります。痛みはあるものの動けるように改善をしていきました。

「ほねつぎ」では「能力といものを人は持っている」ということが知れ、自分ではインターネットを使い、少しずつ能力とは何かということを検索をしていきます。そこで、ヒーリングをする能力がある記事を見つけ「これ私だ!」と他者をヒーリングしていたから疲れていたんだなと分かったりして、では自分で自分の体を治そう!と治すことが出来たので、パタッと「ほねつぎ」に通わなくなります。

 

 

その後、半年経つと、薄々感じはじめます。

 

 

この体調の悪さや目の状態は、この能力を攻略しなければ「少しも良くならない」という事なんだろうな、と。

体力も心も限界がきた34歳、独身。私は決めます。

 

 

 

「能力の攻略が出来たら死のう!」と。

 

 

 

私は体調以外は本当に恵まれていました。やりたい事はスムーズにでき、望んでいる以上のものが手に入りました。本当に満足でした。

ちょうど海の目の前に住んでいましたし、死ぬなら電車は実家にお金請求が行くらしいしぃ・・・飛び降りもみんなに不快にさせるし、お金かかりそうだなぁ・・・迷惑はかけたくないなぁ‥

「あ。海に浮かぼう!」(京都に行こうのテーマソングたららたららたららら~

 

 

 

ということで

2018年9月から、ちょうど10社の仕事に就き(全て面接を受けて勤務しています)

修行のできる場所を真剣に探します。修行をする場所はお仕事をしながらが良いと思ったので。エゴや欲望の強い塊のような人がウジャウジャいる場所を選びに選びました。

 

 

2018年11月に10社から2社に絞り、2019年1月末に1社に絞りました。

2019年2月から能力の攻略だけを人生に捧げ、真剣に修行をし始めます。

毎週4日8時間労働で修行をさせて頂きます。5日はいろんな意味でツラすぎて働けませんでした。

 

 

毎日毎日、人の気を感じ、ガードをしたり、浄化をしたり、さまざまな事をためしながら、能力のお勉強をしていきます。そして、人間のエゴや邪念に対して分からないことだらけだったので、兄に電話をし「なぜ人間はこうゆうことをするのか?なぜ?」を毎日毎日、「また電話してくんのかよ」と言われながら、歯を食いしばりながら攻略をしていくのです。

 

修行に行った日は、もちろん帰ってくることも必死で、帰ってきたら寝たきり、全身の痛み止め薬とシップと塗り薬など、一番強い薬をマックス出してもらい、毎日飲みながら(この時は薬が効くようになっていました。ステーキと塩のおかげ

毎日毎日、攻略をする日々。人間関係や痛みなどの能力の悩みを必死に、自分の何が悪いのかたくさん考え・・兄に相談をしながら・・2018年の10月末から修行をする場所を決め、2019年11月末まで攻略をしていました。

 

本当に毎日苦痛の日々でしたね。

エゴの強い人間て、こんなにも他者を踏みつぶし、利益をぶんどっていき、それでも何にもなかったかのように笑って平然としていられるのです。理不尽な事ばかり言う人や指がない人は沢山いて・・結構凄い世界を見せて頂いたと思います。とても良い修業の場を私は選びました!

 

 

精神・感覚・人間関係・重労働・騒音・照明の明るさ・ロボットのような対応と人間らしい振る舞いと笑顔・機敏さ・対応力と応用力・丁寧さと正確さ・エゴ・欲・ねたみ・死・若い人からお年寄りまで幅広い念と想念・何から何まで勉強ができた職場だったので、選んだ私「グッドチョイス!」

 

 

 

2019年9月には

私の状態は、目も普通の人と同じくらいに見えており、痛み止めなどの薬も一切取らなくて良くなっていました。全てがとても正常で、身体には痛みが少しも無かったですね。

そして、いてほしいと職場には言われ、辞めるのを伸ばして、11月に無事めでたく修行終了です!

一升瓶の大好きな日本酒を職場のトップに頂き、みんなに色紙を書いてもらったり、貰い物をたくさんして、無事るんるんで帰宅をした私でした。

 

めでたし

 

 

「あれ?死なないの?」と思ったそこのあなた。また続編で書いていきますね。おたのしみに

 

 

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