おはようございます^^
少しでもその人を思うと共感ということが日常的に起こり身体の重さとなります。
身体の重さ というものは、
眠気、だるさ、動きにくさ、こわばり感、違和感、思うように身体が動かない
痛みや苦しみ(気持ち悪さ等も含みます。)などの身体症状を言いますが、
意外にも”縁”と言うものは重さであって繋ぎやすくほどきにくいものです。
実際に気重の低いものは気重の高いものといる場合には
その場の気を平等化して共感をするように人間という動物はなりますから
気を奪う奪われるということが
おのずと起こるのですが、
これを食い止めるには
体力をいう原動力を大きくするしかありません。
体力がない場合には
気を吸い取られていき動けなくなっていきます。
苦痛が人生につきまといます。
一般的な人々を見ていても
施術をした人々を見ても
悪縁がついてる人が多いんです。
呪うというよりは、他人と共感をしている縁というところでしょうか。
もちろんその相手の人の意識が強いということになりますが、
もちろんついている人の意識も加わりますから
私が見ている映像の鮮明度が高ければ高いひど
ついたその人も他を共感し続けているということになります。
実際には小さな頃についているものは
身近な人物であり家族となります。
ですからそこまで怖いものでもありませんが、
心配や恐怖、様々な感情が悪縁となります。
悪縁とは毒のエネルギーとなりますから
その重さは切っていかなくてはいけません。
体に付着している重さがなくなるだけとなりますが、
悪縁とは負の感情だけではありません。
思いが強いとついて身体の重さとなります。
ですから、心配性の方や守りたいものが強い場合にも
自分自身の影響を他人に与えているということになります。
これは距離は関係ありません。
一瞬でもその人を思えば
意識はその人に宿ります。
人は念力で動かなくできるとやはり思います。
私たち家族も今まで動けなくなったことが何度かあるからです。
念とは欲です。
欲がない人はいないと言われるほど
この世界は欲だらけではありますが、
欲がないと人は死が近くなります。
欲が強すぎると他人を自分の無意識的な意思だけで動けなくすることができます。
無意識的というのは
守りたい自分の大切な家族を自分から出る無意識的な気だけで動けなくしてしまう能力があるということです。
動けなくしてしまうというのは本当に息ができなくなったり寝たきりになったり尋常ではない痛みがでたりと動けなくなります。
そのため異常な痛みや他と違った障害とはその気によるものだと考えて行動をしていくことが必要となります。
日本人の多くが陽気ではない気の巡りを好むため、その習慣は変えていかなくては自分が悪縁となる可能性は大となります。
気功整体技術【気善】創始者/線維筋痛症療法院 創設者/院長 山崎実希子



















